2017年6月23日

4桁事件。銀座で部長吉澤との出会い。レタスを洗う男。

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弊社のアウトドア用品・キャンプ用品買取事業部と、工具の買取事業のリーダーは漢 ヨシザワミツヒロが担当しています。

2つの事業部を束ねるのはそこそこ大変なのですが、そういう事は一旦置いておいて、

ミツヒロがタナクロで粉骨砕身で働いているその源泉(わたくしとの出会い)を書いておこうと思います。

あれは確か、僕が社会人生活1年目で、4.5.6.7.8.9.10.11.12.1.2ぐらいで社会人生活がちょうど終了した時期でした。

福岡から東京へ向かうなにがしかの乗り物の中、18万円しかポケットになく、上野の改札で迎えてくれた元リク(今起業準備中)のあいつに初日から見捨てられ、はて、これからどうやって生きていけばいいんだろうか?と思ったあたりの期間だったと思います。

何かの情報誌で見えた時給1000円!(ぐらいだったかな?)のその、まさかの4桁(福岡はどこも3桁です)に目がくらみ入社(アルバイト)したのが銀座8丁目にある居酒屋でした。

そこで勤務をすること数週間、いつもまかないを取りにいく時に厨房(料理人も10名以上いて結構でかい)の入り口にいつもいた吉澤さん。

当時の完全にヤ◯ザみたいな料理長が僕のことを「じゅん」と呼んでいたので吉澤さんも「じゅん」と呼んでくれていて、年齢も1歳しか違わないのであった時は話をしていました。当時から釣りの話とかしてた気がします。

で、この人いっつもレタス洗ってるなーって思ってました。

居酒屋時代が過ぎ、僕が起業して数年たったら、フェイスブックで吉澤さんから友達申請?が。

懐かしいと思ってFB友達になり、そこから話を聞くと自分で副業で通販を始めた。と。

それからよく相談にのったり、子供のかわいい話を聞かせてもらったり、美味しい日本酒を飲みに川口の酒場わたなべに行って日本酒談義に花を咲かせていました。

そんな中、転機は訪れます。ぶっちゃけ覚えてないんですが、何かのきっかけでタナクロに入社。

それから約半年間、彼は才能をひた隠し、能力を発揮させずにいました。

その後、とある事業ですさまじい不正が発覚、事業自体を潰すことになり(いつか、全てブログで公表します)

そのタイミングぐらいからマウンテンシティで才覚を発揮することに。

会社が傾くか、というちょうどその時、吉澤さんがとにかく売る。売る。売る。

商売人とは彼のことを言うのだと思いました。

僕も商売っていう領域では結構自信があるんですが、吉澤さんは結果にコミットという面において本当に頭があがりません。

どんなに素晴らしい改善案を出しても、どんなに魅力的なビジネスモデルを見つけ出しても、

その段階では「びた一文、儲けはありません」

しかし吉澤さんはしっかりと「利益、売上」を作り出します。

個人事業時代とは違い、タナクロのWEBの力と、現場を回す力がマッチした良い事例だと思っています。

あの時の居酒屋時代の4桁事件がないと、吉澤さんは今、タナクロにいなかったのかもしれません。

人生は本当に面白いもんです。どこで誰と出会うか、そんなことで人生が大きく変わるんですから。

※男YOSHIZAWAの愛娘&愛息子と一緒に

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